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東京高等裁判所 昭和43年(ネ)1299号 判決 1969年4月24日

控訴人 小沢敏彦

被控訴人 本田久子

主文

一、原判決を取り消す。

控訴人の被控訴人に対する金四万円の支払を求める訴を却下する。

二、被控訴人は控訴人に対し、金一万円およびこれに対する昭和四二年三月一八日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人が当審で申し立てたその余の請求中、金四万円に対する昭和四二年三月一八日以降完済まで年五分の割合による金員の支払を求める部分の訴を却下し、その余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は第一、二審を通じ、これを一〇分し、その九を控訴人の負担とし、他の一を被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、金四万円(人夫賃)を支払え。訴訟費用は被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「控訴棄却」の判決を求めた。

なお、控訴人は当審において、原審で申し立てた金一万円(運送代)の請求を変更するとともに請求の拡張をなし、「被控訴人は控訴人に対し金六万円(運送代一万円と弁護士費用五万円)および金一〇万円(右六万円と人夫賃四万円との合計金額)に対する昭和四二年三月一八日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「請求棄却」の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述および証拠の関係は、左記のほかは、原判決の事実摘示記載のとおりであるから、これを引用する。控訴人は次のとおり述べた。

(一)、控訴人が原審でした明渡執行費用四、五〇一円、執行関係書類送達料、謄本料、執行不能料金六七四円についての各主張は撤回する。

(二)、控訴人が被控訴人に対して明渡しの強制執行をした建物(以下単に本件建物という。)はもと訴外小林ミツの所有であつたので、原判決事実摘示のような経過で、控訴人の所有に帰した。

(三)、本件強制執行に際し、執行官から「明渡の際持ち出すべき被控訴人の動産類は、直ちに建物明渡の場所から他所へ運搬するのでなければ建物明渡を執行しない。」旨申し渡されたので、控訴人は右動産類の持出および運搬のため人夫五、六名を雇い、かつ貨物自動車を用意した。しかして、執行により室外に持ち出された動産類は、右人夫および貨物自動車によつて執行場所である港区新橋四丁目四二番地から被控訴人の住所地である渋谷区中通二丁目三四番地まで運搬せられたのであるが、右動産類の運搬については、被控訴人から依頼を受けたことによるものであつて、控訴人は、被控訴人のために、原判決事実摘示のとおり人夫賃金四万円、自動車による運送賃金一万円を支払つた。

(四)、被控訴人主張に係る原判決事実摘示記載の抗弁事実中、訴外青山一郎が被控訴人に対し本件建物の占有使用を許したこと、および本件建物を目的とする控訴人と訴外小沢恒彦間の売買が通謀虚偽の意思表示に基づくものであることは、いずれも否認し、その余の事実はすべて認める。

(五)、被控訴人主張の後記(一)の事実は否認し、後記(三)の事実は認める。

(六)、(新な請求原因)、控訴人は昭和四一年二月七日訴外斎藤英一弁護士に対し、本件強制執行手続を委任し、その着手金として金五万円を支払つた。よつて、被控訴人に対し、右五万円の支払と、右五万円と、従来請求の人夫賃四万円、運送代一万円の合計金一〇万円に対する本件支払命令正本送達の翌日である昭和四二年三月一八日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被控訴代理人は次のとおり述べた。

(一)、訴外共立殖産株式会社は昭和三一年三月二三日小林ミツに対し、金五五万円を弁済期同年四月二五日の約定で貸与し、右両者間において小林ミツ所有の本件建物について右債務の不履行を停止条件とする代物弁済契約が締結され、東京法務局芝出張所昭和三一年三月二六日受付第三、二二六号をもつて所有権移転請求権保全の仮登記が経由せられた。しかるところ、小林ミツにおいて右貸金債務の履行を遅滞したので、右弁済期の経過とともに本件建物は共立殖産株式会社の所有に帰したところ、訴外青山一郎は昭和三八年七月一五日右会社から本件建物の所有権の譲渡を受けたものである。

(二)、青山一郎が控訴人と小沢恒彦の両名を被告として所有権移転登記の抹消登記手続請求等の訴訟(東京地方裁判所昭和四二年(ワ)第八、四六八号)を提起したのは、昭和四二年八月一〇日である。

(三)、右訴訟事件については、昭和四三年二月二二日判決の言渡がなされ、その判決の正本は同年三月一日控訴人に送達されたが、控訴の提起があり、現に東京高等裁判所に同庁昭和四三年(ネ)第四四一号事件として係属中である。

(四)、本件建物がもと小林ミツの所有に属したことは認めるが、前記(三)の事実は否認する。控訴人が昭和四一年二月七日斎藤英一弁護士に対し、本件強制執行手続委任の着手金として金五万円を支払つたことは不知である。

(立証省略)

理由

(一)、原判決末尾添付目録記載の建物一棟(以下本件建物という。)はもと訴外小林ミツの所有であつたところ、同人と訴外小沢恒彦間の東京簡易裁判所昭和三三年(ユ)第一四四号調停事件について、昭和三五年一二月一七日、小林ミツは小沢恒彦に対し昭和三九年一二月末日限り本件建物の所有権を譲渡し、かつ、これを明け渡すとの条項を内容とする調停が成立し、その旨を記載した調停調書が作成せられたことは、当事者間に争がなく成立に争のない乙第二号証の記載によれば、本件建物につき東京法務局芝出張所昭和四〇年二月二四日受付第二、七〇一号をもつて、小林ミツから小沢恒彦名義に所有権移転登記が経由されたこと、および控訴人は昭和四一年七月一〇日小沢恒彦から本件建物を買い受け、同年一〇月二四日控訴人名義に所有権移転登記が経由せられたことを認めるに足り、本件口頭弁論の全趣旨により成立を認め得る乙第一号証の記載と当番における被控訴人本人尋問の結果とを綜合すれば、被控訴人は昭和三七年一一月八日頃小林ミツから本件建物のうち階下部分の賃貸を受け、爾来これを店舗として使用、占有し来つたことを認め得る。被控訴人は、小沢恒彦と控訴人間の前記本件建物の売買は、右両名の通謀虚偽の意思表示に基づくものである旨、および被控訴人は訴外青山一郎から前記階下部分の占有使用を許されたものである旨各主張するけれども、右各主張事実を認めて前段認定を覆えすに足る証拠はない。しかして、控訴人が昭和四二年一月一一日小沢恒彦の承継人として、小林ミツの承継人たる被控訴人に対する承継執行文の付与を受けた上、前記調停調書の執行力ある正本に基づき、昭和四二年二月二三日被控訴人占有に係る前記階下部分について明渡の強制執行をなしたことは、当事者間に争がない。

(二)、よつて先づ、控訴人主張の人夫賃および運送代についての各請求について判断する。

本件口頭弁論の全趣旨により成立を認め得る甲第一号証の記載、当審における被控訴人(一部)、控訴人の各本人尋問の結果と本件口頭弁論の全趣旨とを綜合すれば、控訴人から前記強制執行の委任を受けた東京地方裁判所執行官佐藤卯始夫の職務代行者佐藤正一は昭和四二年二月二三日右強制執行のため本件建物に臨み、被控訴人の任意の履行を催告したところ、被控訴人は明渡の用意が調つていないとの理由で執行の猶予を求めたが、控訴人において同意せず、即時に執行すべきことを申し出たので、佐藤正一は同日午後二時頃執行に着手し、控訴人の手配した人夫二名をして前記階下部分に存した被控訴人所有の動産類を屋外に搬出の上、控訴人の用意した貨物自動車に積載せしめて、被控訴人に引き渡したこと、右動産類は右貨物自動車により、渋谷区中通二丁目三四番地の被控訴人方住居まで運搬されたが、右運搬は貨物自動車の運転手一名によつてなされ、人夫は使用されなかつたこと、控訴人は、右執行に先だち、佐藤正一から、どうしても即時に執行を希望するならば、右動産類の搬出のための人夫と被控訴人方住居まで運搬のための自動車を用意すべきことを指示されたので、知り合いの訴外葵化工建設株式会社に頼んで右貨物自動車と人夫を手配したものであること、右動産類の被控訴人方住居までの運搬は、佐藤正一の取り計いによつて、控訴人が被控訴人の依頼に基づいてなしたものであること、および控訴人は同月二八日右会社の請求により同会社に対し人夫賃および運送代として合計金五万円を支払つたが、内金四万円は前記人夫二名の人夫賃であり、残金一万円は前記貨物自動車による運送代であることを認めるに足り、当審における被控訴人本人の供述中、右認定の趣旨に反する部分は措信しがたく、他に右認定を動かすに足る証拠はない。

右の認定事実によれば、本件建物の階下部分に存した被控訴人所有の動産類を右階下部分から屋外に搬出し、貨物自動車に積載して被控訴人に引き渡したまでの措置は、前示調停調書の執行力ある正本に基づく明渡の執行行為に該るものと認めるのが相当であるから、これに要すべき費用は、本来強制執行の費用であるというべきである。ところで、本件の如き家屋明渡の強制執行の費用については、執行すべき本案の請求に関する執行正本(本件では前記調停調書の執行力ある正本)に基づいて執行債務者の財産に対し金銭執行をして取立をすることができ(民事訴訟法第五五四条第一項)、また、そのようになすべきであつて、このような方法によらないで新に強制執行の費用について給付判決を求める訴を提起することは許されないものと解するを相当とする。(控訴人は、前記調停調書の執行力ある正本に基づいて受訴裁判所である東京簡易裁判所から同裁判所が相当と認める執行費用の確定決定を得た上、これに基づいて被控訴人に対し金銭執行をなして取立をなすべきである。)。したがつて、控訴人の人夫賃四万円およびこれに対する支払命令送達の翌日たる昭和四二年三月一八日以降完済まで年五分の割合による損害金の支払を求める訴は、不適法として却下すべきである。

次に、前記の認定事実によれば、被控訴人所有の動産類の被控訴人方住居までの運搬は、被控訴人の依頼に基づいて控訴人の手配した貨物自動車によつてなされたこと、および右貨物自動車による運送代として控訴人が金一万円を支払つたことが明らかであるから、他に特段の事由がない限り、被控訴人は控訴人に対し、右運送代金一万円およびこれに対する本件支払命令送達の翌日であること記録上明らかな昭和四二年三月一八日以降完済まで民法所定の年五分の割合による損害金を支払うべき義務があるといわなければならない。

被控訴人は、控訴人のなした上記強制執行は不当な執行であり、右運送代はそのために生じたものであるから、被控訴人にはその支払義務はない旨主張する。いずれも成立に争のない乙第二ないし第四号証の各記載によれば、次の事実を認め得る。すなわち、小林ミツは、前記調停の成立前である昭和三一年三月二三日、訴外共立殖産株式会社から金五五万円を弁済期同年四月二五日の約定で借り受け、右債務の不履行の場合にはその支払に代えて本件建物の所有権を譲渡する旨の停止条件付代物弁済契約を締結し、本件建物につき東京法務局芝出張所昭和三一年三月二六日受付第三、二二六号をもつて右停止条件付代物弁済契約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記が経由されたところ、小林ミツは右弁済期に前記債務の履行をしなかつた。訴外青山一郎は昭和三八年七月一五日右会社から前記代物弁済契約に基づく権利の譲渡を受け、同出張所昭和四〇年五月一八日受付第七、二四〇号をもつて前記仮登記の停止条件付所有権移転の登記を経た。小沢恒彦は前記調停調書の執行力ある正本に基づき(被控訴人に対する関係では、小林ミツの承継人として被控訴人に対する承継執行文の付与を受けて)、本件建物の明渡の強制執行を東京地方裁判所執行吏に委任し、小林ミツに対する本件建物の二階部分の明渡の執行は昭和四〇年五月三一日に完了したが、被控訴人に対する一階部分についての明渡の執行が完了しないうち、青山一郎は小沢恒彦を被告として東京地方裁判所に対し、本件建物について昭和三一年三月一六日受付第三、二二六号をもつてなされた前記所有権移転請求権保全仮登記に基づく所有権移転の本登記手続についての承諾と前記調停調書の執行力ある正本に基づく本件建物明渡の強制執行の不許を求める訴訟を提起し(同庁昭和四〇年(ワ)第四、一九三号第三者異議事件)、それとともに右強制執行の停止を申し立て、同年五月二一日付で強制執行停止決定を得た結果、被控訴人に対する本件建物の階下部分明渡の執行は停止されるに至つた。東京地方裁判所は昭和四二年二月一六日右訴訟事件について、青山一郎の請求中、前記仮登記に基づく所有権移転の本登記手続についての承諾を求める請求を認容し、強制執行の不許を求める請求を棄却し、併せて前記強制執行停止決定を取り消す旨の判決(停止決定取消の部分については仮執行の宣言)を言い渡した。(青山一郎が前示の訴訟を提起し強制執行停止決定を得たこと、および東京地方裁判所が昭和四二年二月一六日右訴訟事件について前記のような趣旨の判決を言い渡したことは、当事者間に争がない。)。他に右認定を左右するに足る証拠はなく、右判決に対し、青山一郎は控訴を提起したが、昭和四二年八月三日控訴の取下をなしたことは当事者間に争がない。

右の認定事実と上記(一)で認定した事実とによれば、青山一郎は、前示仮登記に基づく所有権移転の本登記を経由した暁には本件建物について完全な所有権を取得し、右所有権を控訴人に主張、対抗することができ、その反面、控訴人は本件建物の所有権を喪失するに至るべき筋合ではあるが、右はあくまで青山一郎と控訴人との法律関係に止まるものであることは多言を要しないところである。上記控訴人のなした被控訴人に対する強制執行当時、青山一郎が本件建物につき前記仮登記に基づく所有権移転の本登記を経ていなかつたことを被控訴人において認めて争わない本件においては、前記(一)で認定した経過で本件建物の所有権を取得し、かつ、その登記を経ている控訴人は、本件建物の所有権をもつて被控訴人に対抗し得る関係にあつたことが明らかであるから、控訴人のなした上記強制執行をもつて被控訴人主張のように不当違法な執行であると認めることは相当でない。このことは、仮りに右強制執行に当り、控訴人が、青山一郎において将来本登記を経由した場合には、本件建物の所有権を同人に対し主張、対抗し得ない関係にあることを知つていたにしても、なんら右結論を左右するものではない。また青山一郎が控訴人と小沢恒彦の両名を共同被告として東京地方裁判所に対し所有権移転登記抹消登記手続等請求訴訟を提起し(東京地方裁判所昭和四二年(ワ)第八、四六八号事件)、右事件について昭和四三年二月二二日被控訴人主張のような趣旨の第一審判決の言渡がなされたことは当事者間に争のないところではあるけれども、右訴訟が提起されたのは、上記強制執行の完了した遥か後である昭和四二年八月一〇日であることは、被控訴人の自認するところであるから、右事実も前示判断を動かすに足る事由とはなしがたい。したがつて、控訴人のなした上記強制執行が不当違法な執行であることを前提とする被控訴人の右主張は、その前提を欠くものであつて、採用の限りでない。

(三)、次に、控訴人主張の弁護士費用の請求について判断するに、控訴人は昭和四一年二月七日弁護士斎藤栄一に対し、上記強制執行の手続を委任し、同日、その着手金として金五万円を支払つた旨主張する。名宛人氏名の部分を除くその余の部分の成立は当事者間に争がなく、右名宛人氏名の部分については当審証人斎藤栄一の証言により成立を認め得る甲第六号証、および当審における控訴人本人の供述中、あたかも控訴人の右主張に副うかのような記載部分並びに供述部分は、いずれも後記採用の各証拠に照して措信しがたく、右甲第六号証と控訴人本人の供述を措いては他に右主張事実を肯認せしめるに足る証拠はない。却つて、右甲第六号証(前記措信しない部分を除く)、前記乙第三号証の各記載、当審証人斎藤栄一の証言、当審における控訴人本人尋問の結果(前記措信しない部分を除く)を綜合すれば、前示の如く、青山一郎が小沢恒彦を相手取り第三者異議の訴訟を提起し、強制執行停止決定を得た結果、前記調停調書に基づく被控訴人に対する本件建物の階下部分の明渡の強制執行は、これをなすことができなくなつたので、小沢恒彦は昭和四一年二月七日頃弁護士斎藤栄一に対し、右強制執行の続行ができる状態に戻すための手続を委任し、その着手金としてその頃控訴人を介して右弁護士に金五万円を支払つたこと、および同弁護士は、右委任に基づいて小沢恒彦のため執行方法に関する異議の訴を提起するほか、前記第三者異議訴訟について、その第一審判決の言渡まで小沢恒彦の訴訟代理人として訴訟活動をなしたに止まり、控訴人から前記調停調書に基づく被控訴人に対する強制執行手続の委任を受けたことはもちろん、その着手金名義で金員の交付を受けた事実のないことを認めるに十分である。したがつて、控訴人の右請求は理由がなく、失当として棄却すべきである。

(四)、以上判示したところにより、控訴人の人夫賃四万円の請求を棄却した原判決は不当であるから、これを取り消し、右請求についての訴を却下すべく、控訴人が当審で申し立てた請求のうち、運送代金一万円およびこれに対する昭和四二年三月一八日以降完済まで年五分の割合による損害金の支払を求める部分の請求を認容し、人夫賃四万円に対する前同日以降完済まで年五分の割合による損害金の支払を求める部分の請求についての訴を却下し、その余の請求を棄却することとし、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第九五条、第八九条、第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中西彦二郎 兼築義春 高橋正憲)

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